さて、ボランティアから帰ってきて2日経つのですが、やはりネット上の震災の記事は気になります。
これから自分はどのように貢献できるか。。。。
・節電(会社も自宅も)
・一生懸命仕事をする
・義援金
・ボランティア活動 ※がれき撤去の参加を検討中
・東北地方の食材購入
・東北地方の食材を使ったお店で食べる
・復興に際し、ITでできるサービスを行う
・自分の子供、周りの子供へ震災が如何に大変か怖さも伝えていく
・忘れないこと
なんかまだまだありそうなんですが、できることをスピーディーに、自分自身で行いたいと
思います。
【中学校体育館で陣頭指揮をとっている被災者Iさん(男性)】
独り身で、家を流され、何もかもなくなってしまっているのに、300人の被災者に物資の提供・
色々な相談を親身になって対応している。
これからは?と聞いたところ、
「何も考えてないよ。自分は独り身だし、ローンもないし、
体育館にいる家族の人や年配の人が仮設住宅や他の良い施設に行くまでは、つづけようかなと
思ってるんだよね。だって、自分は、その辺のアパートを探せばいいんだからさ。」
【障害者施設の被災者(おばあちゃん)】
地震、津波はどうだったの?と聞いた、
「地震から20分ぐらいで、アパートの3fの部屋に津波が入ってきた。おじいさんの足がわるく、
避難できなかった。
ものすごい音と黒い水。
二人とも首まで水に浸かりながら壁伝いに4fまで避難した。
3日目に消防署の人が助けにきた。
二人とも無事だった。」
「今は、暖かい部屋で、お風呂もあってこんな幸せはないよ」
「お腹いっぱいになる食事はないけど、まったく食べられるものが無いという状態
ではないからね。」
「これからのことは、何にも考えていない。おじいさんと二人で入れればそれで良い。」
人って強く頼もしいんですね。
他にも沢山の人と話しましたが、決して振り返らずに、今、そして前を見ているのかなと。
日本全国の人からサポートがあり、世界からもあり、そして被災者自身が前向きに生きている。
復興までの道のりは大変だと思うけど、必ずできると確信しています。
今回、一緒にボランティア活動してくれた、Sさん、U社のY社長、I専務、Hさん、
ありがとうございました。
多くのことを勉強させてもらいました。
ボランティアお疲れ様でした。
そして仕事中にもかかわらず母の情報を捜して下さった事、石巻市に着いてから母の避難所に向かって下さった事、本当に感謝しきりです。
震災があった後、テレビから流れる映像は私の想像を遥かに越えていて
ただ、ただ、絶望的だったのを覚えています。
母は生きていないかも知れない
私が生まれて育った街は無くなってしまった‥そう考えてしまいました。
母は真っ黒い波に流されながらも九死に一生を得て生きていてくれた
そしてこのブログを読んで、石巻のみんなの強さを知り
自分が絶望した事や失ったと考えていたことがとても恥ずかしくなりました。
人間はいざと言うときは強いですね
そして温かい!今回はつくづく、そう思いました。
感謝と共に尊敬しています。
初コメントで長文失礼しました。
投稿情報: かずみ | 2011年4 月 3日 (日) 16:49